• HOME
  • 信長攻路とは

若き信長の信念にあやかる道

信長攻路~桶狭間の戦い 人生大逆転街道~についてご紹介します。

信長攻路~桶狭間の戦い 人生大逆転街道~

桶狭間の戦いとは、海道一の弓取りと呼ばれた駿河の今川義元を、圧倒的な戦力差の中、27歳の若き織田信長が桶狭間で迎え撃った戦いです。
織田信長は、この合戦において強い信念を貫くとともに、いくつもの英断を行い、劣勢を跳ね返し勝利を得たと言われています。
「信長攻路 桶狭間の戦い 人生大逆転街道」はこのエピソードにあやかり、現代の人々にとって重大な決断を迫られた時や悩みを抱えた時に、信長の信念に想いをめぐらせながら歩くことで、新たな挑戦に向けた前向きな気持ちが得られる道です。

イラストマップ

  • PDFで地図を開く
  • GoogleMap

見どころ

銘板・信長名言スタンプ設置スポット

信長攻路の立ち寄りスポット5カ所で信長の名言を刻んだスタンプを設置。スマートフォンを使って集めるデジタルスタンプもお楽しみ頂けます。
街道を巡るとともに、信長の名言を集めて成就祈願しよう!
また、信長攻路に設置されている銘板を専用アプリで読み込むことで、原哲夫先生の人気歴史漫画「いくさの子-織田三郎信長伝-」と、名古屋市がコラボしたオリジナルコンテンツが楽しめます。
コンテンツは、動く漫画やフォトフレームなど5種類。さぁ、スマホを持って、いざ出陣!

マークについて

清洲城・清州公園

清洲城は信長が20歳から約8年間居城とし、桶狭間の戦いに出陣した城。平成元年にこの地に再建された。清洲公園には信長公出陣の像と濃姫像があり、夫婦円満や恋愛のパワースポットとして話題。

  • 名言スタンプ設置スポット
  • AR銘板設置スポット

榎白山神社

桶狭間の戦いで敗れた今川義元を弔うため、信長が須ケ口に築いた今川塚を後に供養碑として建立。その供養碑が移設された。

  • 名言スタンプ設置スポット
  • AR銘板設置スポット

名古屋城

慶長17年(1612)、徳川家康が天下統一最後の布石として、九男義直の居城として築城。日本100名城のひとつにも数えられる名城。

  • 名言スタンプ設置スポット
  • AR銘板設置スポット

日置神社

信長が桶狭間の戦いに出陣する際に勝利祈願したとされ、勝利を収めた返礼として、この地に千本の松を寄進したとの伝説が残る。

  • 名言スタンプ設置スポット
  • AR銘板設置スポット

長福寺

境内には首検証跡、血刀濯ぎの池、堂内には今川義元像、家臣の松井宗信像、位牌、合戦の遺品がある。

  • 名言スタンプ設置スポット
  • AR銘板設置スポット

白鳥山法持寺

桶狭間の戦いに向かう際、日本武尊の御陵を守る寺であるところから、信長はここへも立ち寄り戦勝祈願したと言われている。

  • AR銘板設置スポット

砦公園(善照寺砦跡)

桶狭間の戦いの際に、信長が鳴海城を囲むように築いた3つの砦の1つである善照寺砦跡に整備された公園。丘陵の東端がその跡地になる。

  • AR銘板設置スポット

高根山(有松神社)

高根山は今川方の松井宗信隊が布陣し、織田軍の動静を監視した場所。日清戦争以降の戦没者を祀る有松神社がある。

  • AR銘板設置スポット

桶狭間神明社

今川義元の家臣、瀬名氏俊が戦勝祈願の際に奉納したとされる酒桶が、社宝として保存されている。正面に尾張4代藩主徳川吉通手植えの神木がある。

  • AR銘板設置スポット

桶狭間古戦場公園

桶狭間の戦いの際に、信長が鳴海城を囲むように築いた3つの砦の1つである善照寺砦跡に整備された公園。丘陵の東端がその跡地になる。

  • AR銘板設置スポット
  • 銘板について詳しく見る
  • 信長名言スタンプについて詳しく見る
桶狭間の戦いゆかりの地

正覚寺

桶狭間の戦いで敗れた今川義元を弔うため、信長が須ケ口に築いた今川塚を後に供養碑として建立。その供養碑が移設された。

熱田神宮

桶狭間の戦いで信長が戦勝祈願を行い、勝利後お礼として塀(信長塀)を奉納した。三種の神器の1つである、草薙剣を祀る日本有数の神社。

成海神社(丹下砦跡近く)

鳴海城築城の際、現在地に移された鳴海の氏神。桶狭間の戦いで信長が経由したと言われる3砦の1つ、丹下砦が近くにあったとされる。

鳴海城跡公園

鳴海城跡に整備された公園。鳴海城は桶狭間の戦いの今川方の重要拠点であり、守将・岡部元信は義元の首と引き換えに開城した。

中島砦跡

桶狭間の戦いに際し、信長が鳴海城を囲むよう築いた3つの砦の1つで、中島砦の跡地。現在は私有地で民家の庭に石碑と案内板がある。

釜ヶ谷

善照寺砦、中島砦を経て桶狭間に進軍した信長軍が、雷雨の中、今川本陣突撃の機会を待っていたとされる場所。現在は大学の構内。※無断で大学の敷地内への立入りはご遠慮ください。

七ツ塚

桶狭間の戦いに勝利した信長の命により、村人が戦死者を葬ったとされる場所。このあたりに7つの穴を掘り埋葬したと伝えられる。

おけはざま山

桶狭間の戦いで信長が突撃した今川義元の本陣があった場所とされ、主戦場だったと言われる場所。固有の山の名称ではない。

戦評の松

桶狭間の戦いで義元本陣の設営を終えた瀬名氏俊隊が、この大松の下で戦いの評議をしたと言われる。現在の松は3代目にあたる。

瀬名氏俊陣地跡

今川義元の妹婿であり家臣でもある瀬名氏俊が、先発隊としておけはざま山に本陣を設営するために着陣した場所とされている。

大高城跡公園

桶狭間の戦い時には今川支配下にあった松平元康(徳川家康)が兵糧入れに成功したことで有名。現在は国指定の史跡で公園になっている。

鷲津砦公園

信長が丸根砦と共に築いた鷲津砦跡の公園。桶狭間の戦いの前哨戦で今川軍に攻められ、飯尾定宗ら大半の兵が討死した。国指定史跡。

丸根砦跡

信長が鷲津砦と共に築いた砦。桶狭間の戦いの前哨戦で佐久間盛重ら織田軍は、松平元康(徳川家康)の今川軍と激戦の上全滅した。国指定史跡。

その他の史跡

桜天神社

信長の父・信秀が、北野天満宮から菅原道真の木像を勧請し、那古野城に設けた祠に奉ったのがこの神社の始まりと言われる。

万松寺

信長の父・信秀の菩提寺。父の葬儀の際、信長が位牌に抹香を投げつけた逸話は大須に移る前の万松寺が舞台。からくり人形の上演も。

東別院

信長の父・信秀が築いた古渡城の跡地に建つ真宗大谷派の寺院。信長は13歳の時、この城で元服して三郎信長と名乗った。

田光八幡社

782年に熱田神宮神官が創建。境内には弘法大師の手植えと伝えられる楠の巨木や病を治す欅、夫婦円満の木とされる「和合の木」がある。

村上社クスノキ

境内にある樹齢千年の楠は名古屋市指定の天然記念物。かつては野並・古鳴海の渡船場への目印であったと言われている。

氷上姉子神社

三種の神器の草薙剣が熱田神宮に祀られる以前に、この火上(後に氷上に)の里で奉斎されたことから、熱田神宮の元宮とも言われる。

休憩スポット

美濃路一休庵・飴茶庵

土産物や駄菓子などを販売。

円頓寺商店街・四間道の街並み

円頓寺商店街は圓頓寺の門前町として栄えた。老舗や下町情緒が残り、近くには古い蔵や町屋が並ぶ保存区「四間道」も。

大須商店街

老若男女に人気の日本一元気とも言われる商店街。家電店から古着屋、サブカルチャー、グルメまで多彩な業種の店舗が軒を連ねている。

白鳥庭園

「水の物語」をテーマに、中部地方の地形をモチーフにした敷地面積3.7haの市内随一の規模を誇る池泉回遊式日本庭園。

豆田公園

熱田神宮神官の大原眞人武継が大蛇を退治し、蛇塚として祀ったという言い伝えがある。

呼続公園

野球場のほか、噴水のある曽池があり、椿、睡蓮の名所としても知られる緑豊かな公園。

新海池公園

新海池は、江戸時代前期に新海五平治が藩の許可をとって造った歴史あるため池。

有松の街並み

旧東海道鳴海宿と池鯉鮒宿との間に位置し、茶屋集落として有松絞りとともに発展。風情ある景観は市の伝統的建造物群保存地区にも指定。

TOP

Copyright © 2016 名古屋市
観光文化交流局 観光交流部 観光推進室.
All Rights Reserved.