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徳川宗春

最近、名古屋でよく話題になる「徳川宗春」ってどんな人物だったのでしょうか?なんか尾張の殿様で変わり者だったと聞きましたけど。
お答えします。「徳川宗春」は、尾張藩第七代藩主で、今でいう「自由人」、昔風に言えば「かぶき者」でした。当時の徳川将軍「吉宗」とは正反対の政治を行いました。質素倹約を重視して幕藩体制の立て直しを図ろうとした吉宗に対し、宗春は祭りや芸能を奨励し、消費と経済の活性化を図ったのです。
当時、幕府だけが公認できた遊郭や芝居小屋を名古屋の地で公認し、名古屋に芸能ブームを巻き起こしました。吉宗の緊縮令で出番を失った江戸・上方の役者や芸人が名古屋に集まり、まさに「芸どころ名古屋」が花開いたのです。
彼自身の行動もユニークでした。例えば、白い牛に乗り奇抜な頭巾をかぶって神社・寺院におもむいたり、全身真っ赤な衣装に長さ二間(約3.6m)ものキセルをくゆらせ、建中寺(徳川家の菩提寺)に参詣するなど、民衆の度肝を抜くものでした。
宗春は、少々のことには目をつむり、民衆ができるだけのびのびと生活できるような政治を目指したのです。言ってみれば「人にやさしい」政治理念だったのです。何か現代にも通じるように思いませんか?

※文化人宗春の面影を偲ばせるスポットをいくつか紹介しましょう。

(1) 蓬左文庫
文庫内には宗春の「温知政要」が所蔵されています。
 
(2) 建中寺
宗春が二間余りのキセルを披露したのはこの寺に参詣した時。
(3) 大須観音
宗春時代には、境内に芝居小屋(市村四郎座)や寄席、見世物の小屋が並び、にぎやかな興行地として栄えました。
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