堀川七橋の一つ。笹島に名古屋停車場ができた明治19年に広小路が駅前通りとして西に延長され脚光を浴び、大正2年青銅鋳鉄の欄干を持つ橋に…
名古屋の城下を流れる堀川の西側にあって、江戸時代の初め慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清須越にともなってつくられた…
天正12(1584)年に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と徳川家康が激烈な戦いを繰り広げた主戦場跡地で、国の史跡に指定されている。現在、この場所…
1537年(天文6年)織田与次郎信康により築城されました。現存する日本最古の天守は、国宝に指定されています。
戦国時代は合戦の舞台とな…
597年、伊勢甚目村の漁夫、龍麿という人が江上庄の入り江で投網をしていたとき、黄金の聖観音像を引き上げ、入り江の北にお堂を建て観音像…
昭和を代表する建築家・堀口捨己氏の監修によって昭和47年(1972年)に築造された日本庭園です。
苑内にある国宝茶室「如庵」は、織田信…
祭神は仁徳天皇、応神天皇、武内宿称。慶長15年(1610)徳川家康が名古屋の総鎮守とした。また、毎年5月15、16日には例祭(若宮まつり)が行わ…
真宗大谷派の別院。織田信秀の居城古渡城の跡地に1690年に建立され、古くから「御坊さん(ごぼうさん)」とよばれてきました。近年では、名…
名古屋東照宮は元和5年(1619)藩祖徳川義直が名古屋の開祖徳川家康公を御祭神として名古屋城内に創建し、明治8年(1875)に現在地に移転しま…
名古屋の三大天神社のひとつ。織田信秀が北野天満宮から菅原道真の木像を歓請し、那古野城に設けた祠に奉ったのが始まりと言われてます。…
那古野神社は延喜11年(911)に現在の中区丸の内に鎮祭され、城の総鎮守、名古屋の氏神として祀られていた。廃藩置県により明治9年に現在地…
真言宗。正式には北野山真福寺宝生院。大須観音と呼ばれ親しまれている。美濃の大須にあったものが慶長17年家康により当地に移された。
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織田信長の父信秀が織田家の菩提寺として建立し、慶長15年名古屋城築城の際現在の大須に移された。
信長が父の葬儀で抹香を投げる場面と…
この神社は「広井天王」や「牛頭天王」とも呼ばれ、江戸時代、洲崎の天王祭は東照宮時代祭と並ぶ2大祭であった。毎年の7月13日、14日に例…
1610年(慶長15年)、徳川家康は子義直の居城として名古屋城の普請を開始。戦災で焼失したが1959年(昭和34年)、金のシャチをいただく五…
能楽鑑賞等にふさわしい日本建築様式の優美な外観、木の香漂う内装、木曽檜造りの能舞台と630席の広々とした見所が特徴。能舞台は能・狂言…
岩倉方面から枇杷島の青果市場へ野菜類を運ぶ道としてにぎわった岩倉街道沿いに形成されたまちです。現在も町家や土蔵が残っており、街道…
徳川4代将軍・家綱公が、1672年(寛文12年)教育・学問を世に広めるために文教政治を奨励したのを受け、文教政治を重視した当時の尾張藩主・…
平安時代の陰陽師、安倍晴明公を祀る神社です。由緒によると、一時、安倍晴明公がこの近辺に庵を結んでおられたと伝えられています。この…
松洞山と号し、伝統大師の創建という。熱田神宮の奥の院に称する名刹。仁王門、木像地蔵菩薩立像は重要文化財。また円空作の馬頭観音をは…
名古屋市の南部に広がる緑の神苑「熱田の杜」にお鎮りになる熱田神宮。その昔から「熱田さん」と呼ばれて親しまれ、年間700万人に近い参拝…
熱田神宮は三種の神器の一つ「草薙神剣」をまつり、また古くより多くの刀剣が奉納されてきた。その数は約450口に及び、国宝や重要文化財に…
東海道の池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)と鳴海宿(なるみしゅく)の間に、慶長13年(1608年)藩の奨励により開村されました。この地区に伝わる有松…
絞商の町屋建築を良く残した、有松東海道を代表する建物のひとつ。主屋1棟・蔵3棟・茶室1棟・26畳の書院造りの座敷からなる。二階の壁は黒…
江戸末期、建造されたもの。主屋1棟・蔵2棟・茶室1棟の構成で、連子格子・なまこ壁・虫籠窓・塗ごめ造り・卯達が見事なまでに整った建物で…
江戸末期の建造で広い敷地には、主屋1棟・井戸屋形1棟・客室1棟・門1棟・門長屋1棟・蔵6棟からなる大屋敷。連子格子・なまこ壁・虫籠窓・…
江戸末期の建造で重厚な建築形態を良く残した建物で主屋の間口は有松でも最大級である。主屋1棟・作業場1棟・蔵2棟の構成で、連子格子・な…
熱田神宮のお社の一つで、昔から「お氷上さん」と親しく呼ばれ、地元緑区大高町はもとより、広く当地方の人々の限りない崇敬と信仰を集め…
真言宗。天林山笠覆寺。聖武天皇の天平5年(733)、呼続の浜に流れついた流木に禅光上人が十一面観音像を刻んで安置し、小松寺と号したのが…
豊臣秀吉公を祀る神社として、江戸時代が終り明治の代となり、明治18年に現在の地に地元住民の強い意志で創設され、神社を中心として公園…
荒子観音寺(浄海山円龍院観音寺)尾張四観音の一つで、寺号は観音寺といい天台宗のお寺です。1,250余体の円空仏でも有名です。
荒子観音寺…
前田利家が居住した荒子城址に建立。荒子城は利家の父利昌によって天文年間に築城され、堀に囲まれたおよそ東西68メートル南北50メートル…
前田氏発祥の地といわれる。ここには前田城主前田興十郎の墓や前田家の歴代の墳墓、前田村記念碑がある。
山門額には「梅廼寺」と書かれ…
豊田佐助は、発明王・豊田佐吉の弟で佐吉を支えた実業家です。
当時、長塀町に佐吉邸、白壁町に豊田喜一郎邸と豊田利三郎邸もありました…
徳川園は、池泉回遊式の日本庭園で、江戸時代の主だった大名庭園もこの様式です。清流が滝から渓谷を下り海に見立てた池へと流れるありさ…
徳川家康の遺品を中心に、尾張徳川家初代義直(家康九男)以下代々の遺愛品、いわゆる「大名道具」1万件余りを収める美術館です。国宝「源…
城山の森一帯には、織田信秀が築いた末森城があった。父信秀の後を継いだ信行が兄信長に滅ぼされこの城もわずか10年ほどで廃城となった。
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明治33年(1900)にタイ国王から贈られた仏舎利と金銅の仏像を安置するため、37年(1904)に建立。仏教各派が輪番で管理を行う日本で唯一の超…
揚輝荘は、松坂屋百貨店の初代社長である15代伊藤次郎左衞門祐民氏が、大正から昭和初期にかけて覚王山の丘陵地に建設した名古屋市におけ…
曹洞宗。織田信秀(信長の父)の菩提を弔うために三男信行が建立。境内に信秀供養の五輪塔が立ち、今は弁天様の寺として芸能人などの参拝者…
高牟神社の境内に湧き出している清水は、「古井(こい・恋)の水」と呼ばれる霊水であり、この水を飲むと恋が生まれるとも長寿の水とも言わ…
江戸時代の武家屋敷の地割を良く残しており、門・塀と緑樹からなる屋敷景観と戦前の優れた近代建築が残る美しい町並みを形成しています。
「日本の女優第1号」の川上貞奴と「電力王」福沢桃介が、大正時代に居住していた和洋折衷の建物で、当時は「二葉御殿」と呼ばれた。創建当…
陶磁器貿易商として活躍した井元為三郎が、大正末期から昭和初期に建てた邸宅です。敷地内には和館、洋館、東西二棟の蔵、茶室、庭園が残…
陶磁器貿易商として成功し、太洋商工株式会社を設立した春田鉄次郎が建築家の武田五一に依頼し建てたと言われています。春田邸は、洋館と…
名古屋・岐阜地方に初めてカトリックの教えを広めた井上秀斎がテュルパン神父と共に造った教会。名古屋・岐阜地方のカトリック教伝道の歴…
大正9年(1920年)に建てられた書院・茶室・土蔵を改修し、また、多目的ホールを新築して平成19年(2007年)4月に開館しました。
徳川美術…
慶安4年(1651)尾張二代藩主光友が、父義直の菩提のために創建し、以後、尾張徳川家の菩提となった浄土宗の寺。本堂裏には、県文化財指定の…
菅原道真公をお祀りする神社です。学業の神様として知られ、平安時代に安倍晴明により創建されたと伝えられています。各種ご祈祷、人形供…
名古屋市にある真言宗の寺院、八事山興正寺。創建は貞亭5年(1688)で、弘法大師の五鈷杵を授かった天瑞圓照和尚により開山されました。尾張…
宮城県に鎮座される鹽竈神社から御分霊を賜りお祀り申し上げたのが起りと伝えられております。御祭神は潮流を司る海路の神とされる鹽土老…
2011年3月14日にオープンした。東海道新幹線を中心に、在来線から超電導リニアまでの車両展示を通じて、「高速鉄道技術の進歩」を紹介。精…