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ブラタモリ 名古屋・熱田編

制作協力:Network2010

前回からのおさらい

家康が名古屋を経済という基盤で発展させるため、どうしても取り込みたいと思った場所とは・・・。まずは、前回歩いた名古屋城と城下町がある台地とその南側とのつながりをみてみましょう。

熱田台地の南側にあるモノ~熱田神宮・熱田湊~

今回は先ず熱田神宮で参拝されていました。
宝物館を訪れ、時の権力者と熱田神宮との関係の深さに迫りました。

熱田神宮詳細

熱田神宮南側

古代の名古屋台地

こちらでは、地形に着目して歩かれていました。
東、西、南の三方が下がっていることがわかり、こちらが台地の南の端だということがわかる場所です。

その他にもタモリさんに訪れてほしい熱田神宮周辺スポットを紹介します。

東海道道標

途中触れていた看板はこちらです。
道標を見てみると・・・?

地図

七里の渡し

尾張名所図会「七里の渡し船着 寝覚里」

東海道は江戸時代に整備された五街道のひとつです。
熱田の港の近くには、宿場町「熱田宿(宮宿)」があり、次の宿場町「桑名」まで船で結ばれていました。
家康は、洪水などの影響を受けにくい熱田の港を交易の港とすることで、経済的な発展をねらいました。

七里の渡し詳細

熱田と城を結ぶ生命線 ~堀川(五条橋)~

この場所では、距離の離れた熱田港と城・城下町を堀川でつなぐことで、名古屋が江戸時代に、どう発展したかをテーマに散策されていました

住所:名古屋市中区丸の内1丁目12-2
アクセス:名古屋市営地下鉄鶴舞線/桜通線「丸の内」駅下車 8番出口 徒歩8分

五条橋詳細(①五条橋・共同物揚場を参照)

河岸場

五条橋から見える川岸にあるスペースは「河岸場」と呼ばれ荷揚げ場として使われていました。
この「河岸場」で荷揚げされていたモノ。それは「木材」です。その木材は木曽から来ていました。
江戸時代、名古屋は木材の巨大な集積地だったのです。
城や城下町がつくられている真っ最中の1611年、家康は木曽と木曽川を尾張藩の直轄地として与え、名古屋に木曽の材木が一手に集まるようになりました。

その他にもタモリさんに訪れてほしい堀川周辺スポットを紹介します。

おさらい:今回歩いた場所について

名古屋・熱田編では、下記を散策しました。

1.熱田神宮 西門~南門
2.七里の渡し
3.五条橋(堀川)

皆さんも、家康のおかげで繁栄した名古屋のまちをブラブラしてみてはいかがでしょうか。

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